{ 番外10編 }
津久見には不思議な自然がいっぱい
九州・大分県津久見市
詳しくは「豊後水道の奇岩」の項をご覧下さい

放浪の天才画家山下清の画には、「ぼくは峠の景色で一番きれいだと思ったのは日豊線のつくみ峠だな」との添え書きあると聞く。

 天才的な観点で客観的に「・・・一番きれい・・・」と称賛している「日豊線のつくみ峠」を散策しては如何だろうか・・・
 

   白石灯台付近より津久見湾を望む


 
☆ 早生ミカンは津久見で生まれた。
   かって「ミカン」は、11月中旬でないと熟さず、それまでは酸っぱくて食することができなかった。
明治の終わりの頃、津久見市青江地区に於いて普通温州蜜柑の木から突然変異の「枝変わり」によって、9月下旬には熟する「早生ミカン」が発見され「青江早生」と命名された。
みかん栽培の大革命となり、その後品種改良されつつ「接ぎ木」によって、全国各地⇒全世界で「早生ミカン」が生産されるようになった。
 
 
※ 温室栽培みかんも 早生みかんです。
枝変わりとは・・・突然変異によって一本の樹のうちの一枝だけが大きく変化することです。



☆ 甘夏ミカンは津久見が故郷。

   甘夏みかんは、バランスのとれた「酸っぱさと甘さ、適切なの苦み」があり、生食の他にマーマレードやジャムの原料としても女性に人気のある柑橘です。
特に、津久見湾岸は冬季も暖かく、樹上での収穫期間が、完熟する早春から初夏までと長いのが特徴。

 この甘夏みかんが生まれたのも津久見市です。昭和20年代に、現在の津久見インター近くの川野氏の蔵富地区の夏ミカン園で、多くの夏ミカン樹の中に「酸の退化が早い」甘い夏ミカンが出現したのである。
かっては「川野夏柑」と称していたが、甘い夏みかん=甘夏・・・アマナツ・となった。

 



☆ 津久見には「小みかん」の先祖木が現存する。

   小粒だが独特の風味のある「小みかん」の先祖木は、樹齢が500年を超しており、津久見インター近くの市内青江地区に現存する。
 みかん樹では日本で最も古樹と言われ、この先祖木から収穫された小みかんは、全て東京千疋屋に出荷するとのこと。
小みかん ※先祖木の写真ではありません。




☆ 津久見は暖かい・温室みかんは日本一早く出荷できる。

   九州山地の東側、豊後水道西岸に位置する津久見市は、北西風の吹く冬の間、地形的に晴天が続いて暖かい。
温室みかん栽培に欠かせない「生理的寒暖差」が適切にあり、温室内での早期開花が可能な為、温室みかんが熟するのが日本一早く、桜の咲く春には市場に出すことができる。

 




☆ しいたけ栽培は 津久見で始まった。

 今では通年味わうことのできる「生しいたけ」は、春と秋に極く少量の天然物が採れるだけの超高級食材であったと言う。
約350年の昔、津久見市千怒地区の「源兵衛翁が人工栽培したのが始まりだ」とのこと。

 その後、「豊後なば師」と称される、しいたけの栽培技術を会得した若者が、原木となる「クヌギ」や「ナラ」などを求めて全国各地に散り、「椎茸栽培」をして成金となって帰省した。
かっては、市内各地に「なば御殿」なる豪邸が散在していた。  ※ しいたけ=なば

 
津久見市千怒地区に建つ しいたけ源兵衛の碑




☆ 網代島には、世界でも珍しい地層が露出。
 2億数千万年の昔、地球上に無酸素の時があったと言う。
津久見市の日代中学校近くの網代島の海岸には、その年代前後のチャート地層が縦方向に露出している。
この網代島のチャート地層は、遠く太平洋の中央部で形成されており、その純度がいいのが特徴で、宇宙の誕生などを研究する学者にとっては宝の島だそうだ。

 網代島を含む周辺には、それぞれの年代で色の違った厚さ数cmの何百枚もの堆積層が、湾曲して縦に露出しているから必見の価値がある。
鳥居の手前の黒い岩より手前側は古生代の地層なので数億年に遡るそうだ・・・
中生代&古生代の地層が同時に見れるのは、日本ではここだけの貴重な場所だと聞く・・・
 ※ チャートとは、ホウサンチュウの化石であり、年代によって、石の色合いが微妙に異なると聞く。
 
 純度のいいチャートが地表に露出して明確に見ることができるのは地球上でも珍しく、シアトルと、この網代島だけだそうだ。
星の誕生などを探る学者やアメリカのNASAなども注目している貴重な「宝の島」だそうだ。
 

詳しくは「NASAも驚嘆した網代島の流れ星」の項をご覧下さい




☆ 津久見は日本一の石灰石産地・全国の二割を採掘。 
 
 南方の太平洋の珊瑚が化石となって、2億4000万年~3億年もの年月を費やして押し寄せたのが、山頂600mに達する津久見の石灰石。
その量は、最大幅1.5kmで、延長17kmにも及び、延々と臼杵市の山間部を貫いて豊後大野市まで達する
鉱脈が海に近いだけでなく、津久見湾は天然の良港なので巨大なセメント工場や採掘業が発達し、採掘量は津久見市一市だけで日本全体の20%にも達する。

 採掘場では、豆粒程に小さく見える300t積ダンプが走り回り、数百mの立て穴に石灰石を投げ込む。立て鉱下の鉱山内には粉砕工場があり、トンネルからは延々と海岸まで走る巨大なベルトコンベアーで出荷する。

 石灰石は製鉄やセメント、肥料、ガラス、薬品などに利用される他に、土木建築用としても広く使用されています。

 
 




☆ 豊後水道の観音崎には、自然の[観音菩薩]が御座る。
   一度ご覧あれ。豊後水道四浦半島の中部に位置する「観音崎」の崖下には、堅い岩を自然の荒波が浸食して造形した{観音菩薩の立像}が鎮座する。

 海中より10mほどに立ち上がった御姿は、横顔で掌を合わされており、そのバランスは抜群です。
北東を向かれているから、海上からでないと御姿は拝めない。「北西側から南東向き」又は「南東側から北西向き」に見ると、その御姿が現れる。
春3月と、11月には、観音菩薩の東側より昇る朝日が、後光となって素晴らしい光景が出現する。
※ 近くを航行する際に{掌を合わせる}と好漁するから{大漁観音}と称したい。

 
断崖絶壁より隔てられ、荒海に建つ観音菩薩には陸路では行けない・・・荘厳なお姿には思わず手を拝せたくなる。
間近の海上からお参りすると「幸せを呼ぶ」と聞く・・・今流に言えば、第一級のパワースポットだと言えよう。





☆ 津久見湾[龍ヶ塀]は、花嫁姿・鎧武者姿・大蛇姿の島。
   津久見港より東に5kmほどの岬沖100mに位置する小島は[龍ヶ塀]と称される。
今では{烏帽子頭で椅子に座った鎧武者}の姿であるが、落雷で最上部を失う昔は兜の上に奇岩を載せ、名称の由来である「天に昇る龍」の姿であったと言う。

 この小島を反対側の北側から見ると{花嫁姿}に見えるから不思議だ。又、東側からは{大蛇姿}、西側からは{スフィンクスに乗った馬の顔}そっくり。
絶景のリアス式海岸に位置する、この奇岩[龍ヶ塀]は、観音菩薩が鎮座する観音崎との距離が海上3kmであるから小舟で遊覧するといい。.
 
 
スフィンクスの上には馬の顔
「龍ヶ塀」は20mほどに立ち上がった小島・周回するとパノラマが変化する



☆ 島の神は「祠の向く方向に住む漁師」に大漁を与える。

 日豊本線日代駅に程近い「福良の島」や「網代の島」の頂上には、小さな祠があり「えびす様」や「弁天様」「お清様」がそれぞれ祀られている。
その昔、祠の向いた地区に大漁の恵みが続くことを知った漁師が「祠の向く方向」を巡って度々争ったと聞く。
尚、参拝の後に「自宅の方向に掌を合わせる」と大漁があるのも事実だから、釣りを楽しむ諸君、近くに釣行する時には是非参拝することをお勧めしたい。

 現代の「福良の島」は陸続きとなって参道も整備されている。国道217号線日代小学校前の信号を海側に300m行くと正面にある。
その東300mに位置する「網代の島」は、磯辺に立派な鳥居のある島だが、満潮時には参道が水没するから要注意。

 

網代島と頂上の祠
福良島と頂上の祠



☆ 津久見湾では 国内最高品位の真珠が採れる。

   豊後水道では真珠を生むアコヤ貝の養殖が盛んに行われている。
このアコヤ貝の越冬できる北限が、九州では豊後水道北部の津久見湾や臼杵湾なのである・・・

 真珠は、核となる貝珠をアコヤ貝に挿入し、真珠層が巻くと(付着すると)七色に輝く真珠となる・・・
その真珠は海水温度が低い程、真珠層が緻密となって深みのある輝きを増すそうだ・・・
津久見湾や臼杵湾には、真珠品質日本一を勝ち取った経緯を持つ真珠養殖場が点在する。
追伸・・・2015年の品評会でも津久見湾日代地区に養殖場を持つ、T社の真珠が日本一を獲得した。
 





☆ 津久見湾は釣り天国・沿岸でも大鯛やブリが釣れ
 豊後水道中央部に位置する津久見湾には、瀬戸内海の海水がプランクトンを増殖させながら流下する。

 イワシ類や甲殻類がこれを狙って来流し、さらに、真鯛やブリ・ハマチ・マアジ・サワラ・イサキ・ヒラメなどの魚類、イカ類では、ケンサキイカ・ヤリイカ・モイカ・甲イカなど、年間を通して狙う魚影は濃く漁季に隙間はない。
九州山地を背にした地形なので冬季は晴天が続く上に暖かく、夏の南風を半島が遮るリアス式海岸なので、荒天で出港できない日が少ないのも特徴。


豊後水道には、実にユニークな奇岩が多数あります。是非「豊後水道の奇岩」のPをご覧ください。

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